2013年6月19日水曜日

「Humanism の否定、尊重」


高校(1 年生)時代の交換日記から

Ted: 1951 年 10 月 11 日(木)晴れ

 「Humanism の否定、humanism の尊重」、何という理知的な解釈、何と整然とした解答だろう。どうしたら、頭の中が整い、熟知したことをそこへ確実にしまい置き、時に応じて素早く導き出すことが出来るだろうか。
(注 1)
 身近な人のある面にこれほど敬虔の念を抱きたくなる人物が他にいるだろうか。いやいるだろう。そして、もっと正しくそれを踏み行なっている人々も多いに違いない。これもやはり、ぼくの好むエマーソンの言葉に相当する。自分のこの芽は真っすぐに伸ばしてやるべきだろう。
 解析の単元 2 のテストの解答に二ヵ所の誤りを発見したので、ヨウコ先生に伝えに行ったが、a > b ならば |a| > b か、という問題については、先生が勘違いしておられて、昼休みにもう一度行かなければならなかった。そのときには、きょう試験のあった Lotus や OB 君が先生の周りに集まっていた。「これは負けたね」と先生にいわせて引き上げたが、大した喜びも経験出来ない。
 アセンブリーがあるはずだったのに、どうしてなくなったのだろう。昨日、校内放送で「第一期最後のアセンブリーなので、会計(それからもう一つ、何だったか忘れた)から一期の経過報告を行う」といったように覚えている。だから、五限が終わるや否や、外部に異常だと感じさせない範囲の最大限の早さで編集室へ鞄をおきに行った。また、けさから「きょう、アセンブリーあるがか」といういくつかの問いにも「ある」と答えて来た。天狗に目隠しをされた(キツネにつままれる、と言う表現があるが、同様の意味の造句だ)ような気持だ*。
 SH 時に Crow 先生は低いが太くない声で「協力」ということについて話された。先日からの掃除が悪かったからだ。OB 君らがいろいろと、もっともな発言をした。|a| > b のことに神経を刺激されていた HR 委員は、OB 君が「事件」といったその問題に対して何の善後策も考え出し得なかった。[つづく]
Ted による後日の欄外注記
 * 廊下の黒板に掲示され、経過報告は翌日の SH 時に校内放送を通じて行なわれた。経過をいろいろと述べてから、終りに、「今後も皆さんのご協力あらせられんことを希望して、経過報告に変えます」といったが、どこが「変え」てあったのだろう。
引用時の注
  1. 何のことか分らない書き方だが、先に社会科の宿題として「明治憲法と日本国憲法の比較」というのが出たと記していたことから、カッコ内は、その宿題の優れた解答として YMG 先生が紹介した Vicky の答えと思われる。いま、自民党の改憲草案と日本国憲法を比較して、「Humanism の否定、humanism の尊重!」と叫ばなければならない。

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